▼担当学生記者
久保田裕美(24歳:取材時)
▼取材日
2001/9/7(金)
▼取材時間
▼取材地
大塚さんのご自宅兼教室
▼取材の雰囲気
自宅の2階にある、木で作られた道場(普段面打ちを教えている所)でお話を伺ったのですが、なにか時間がゆっくり流れているような、普段コンクリートに囲まれて生活しているときにはわからないようないごごちの良さを感じながらの取材でした。自宅から車で30分ほどの所にある、お仕事場も見せていただいたのですが、鳥の声や虫の声が聞こえてきそうなとても静かな所で、日が暮れたら帰るんだとおっしゃっていた大塚さんは自然の時間(時計によらない時間)の中で自分の世界を持っている仕事をしているんだと思いました。
「わがままなのは仕事だけでいい」
担当学生記者:
久保田裕美(24歳:取材時)
今回は、NHKの綿山さんのご紹介で、静岡県島田市で能面、狂言面を作っている大塚さんという方に一泊二日で取材に行ってきました。取材は、大塚さんのご自宅兼教室で行われました。木で作られたとても温かみのあるところでした。そのあと、お仕事場(家から30分くらい離れた静かな村に中にありました。)も見せていただきました。大塚さんは仕事も家族もとても大事にしていて、自分の時間をしっかりと持っていると思いました。今でこそ、面打ち師として、多くの生徒さんを教えたり、銀座で個展を開いたりしている大塚さんですが、すんなりと能面の世界に入ったのではないそうです。大塚さんご自身いろいろなお仕事をしてみて、その中で、これが本当に自分のやりたい事なのか、というのをいつも考えていたそうです。子供の頃から人間の顔に興味がったという事で、顔(の彫刻)を作る事で、表現していきたいと思い美術大学を卒業して8年後に面打ち師になったそうです。私も今これが本当に自分のやりたい事なのかというのを考え、今するべき事を見誤らないようにしたいと思いました。いろいろやってみる事はとても大事だと思うのですが、だいたいをやっているとだいたいの事しか生まれないと大塚さんが言ったように、やるなら思いっきりやって、それで向いてないと思ったら、きっぱり止める、その切り替えの早さも重要だとおっしゃっていました。 大塚さんは、ご自分はとてもわがままだとおっしゃっていましたが、それはいい意味でのこだわりだと思いました。仕事の面ではいろいろわがままである分、家族に対しては、食事をみんなでしたり、一緒にいる時間をとても大事にして家族を大切にしているなというのが伝わってきてとてもいいなと思いました。面打ち師としての大塚さんと家庭とを両立するのは大変なのではと取材をするまでは思っていたのですが、実際お会いしてお話を聞いたら、仕事をしているも、家で父親としているのも大塚亮治という人間個人であるからとおっしゃっていて、なるほどなと思いました。能面をいろいろと見せてて頂いたのですが、その中の一つに娘さんの笑顔を彫ったものがありました。それは子供の頃の大人になると消えてしまう表情を残しておきたかったと、面を手にとってお話してくださっていたのですが、その時の大塚さんの表情がその面のように本当にやさしそうな笑っている顔をしていたのがとても印象的でした。
遊びをいっぱいやった方が自分の可能性が見つかる。
同行学生記者:
加藤由衣(21歳:取材時)
ここで大塚さんがおっしゃった「遊び」とは、本線が見つかるまでの様々な副線のことです。大塚さん自身社会に出て、今の仕事に行き着くまでに何十という仕事にチャレンジされたそうです。自分が何ができるのか、自分に何があっているのか、自分が何がやりたいのかを見つけるため、海苔漁師、とび職などなど、今の創作能面とは全く関係ない職業をいろいろやってみたそうです。そして、その一つ一つの仕事に全力で取り組み、一生懸命やった上で、その仕事を一生やっていくのかどうかを考えてみる。もしそこで、この仕事を一生やっていくのはどうかと感じたなら、次に切り替える。真剣にやってみるとあっているかどうかが見えてくる。ダメだと感じたら、次を考える。無駄なことは無駄とする勇気と、切り替えが必要だとおっしゃっていました。そういう風に、本当に自分にとって一生やっていきたいものが見つかるまで、ポジティブに選択し続けて、今の、創作能面にたどり着いたのです。今の仕事についてはつらいと思うことがないとおっしゃっていました。本当にすごくポジティブな方で、私自身、とても勇気づけられました。自分の今の生活を見直すこともできました。静岡の取材は、外を歩いていてもどこからともなくお茶のいい香りがして、とても気持ちが安らぎました。大塚さん自身がそれもまたお見合いを何十回と重ね、ポジティブに選びに選び抜いた、奥様とのアツアツの話を聞かせていただき、とても楽しい取材でした。
「出会いによって生まれる可能性を大切にしたい。」
同行学生記者:
佐々木大輔(22歳:取材時)
大塚さんが作っている創作面は従来の伝統的な能面とは大きく形が違います。大きな違いとしては、伝統的な能面・・・いくつもの表情を含む大塚さんの能面・・・表情がよりはっきりしているということがあります。怒ってる表情、笑っている表情、困っている表情など、多くの表情が登場します。そのような新たな形の能面を見てもらうことで、多くの人にそれまでにない刺激を与えることが楽しいとおっしゃっていました。自分だけでなく、人にも楽しみを広げていこうとする気持ちの強い人であると感じました。 夜には食事をともにさせていただきましたが、その際にも気さくに応じていただき、技術のすばらしさだけでなく、人柄のすばらしさも感じました。
人間ってものすごいんだ。
同行学生記者:
浜屋公紀子(23歳:取材時)
この言葉は、取材中ではなくて、飲みながらお話をしていたときにおっしゃっていた言葉だったと思います。 何を表現したくて、何を思いながら面を創っているのですか?いう問いかけに対して、人間ってものすごいんだっていうことを表現したい。という大塚さん。笑ったり、怒ったり、悲しんだり、恨んだり、泣いたり…。だけど、それを表現しようと思ったら、自分の中にそれがなければいけない。自分の中にあるものしか表現できない。人を恨んだこともない人に、恨んでいる顔は彫れないし、本気で笑ったこともない人に、笑っている顔は彫れない。だから、今まで創った面は、すべて自分の顔。だといってました。大塚さんのご家族を見ていると、目には見えないけれど、たくさんの表情が垣間見えたように思います。家族との日常のなかからも毎日色んな感情が生まれて、それが創作面に表れているような気がします。色んな人に会って、色んな経験をして、たっくさん遊んで、そしたら、もっともっと自分のことを自分のやり方で表現することができるかなと思いました。
自分の作った能面が使ってもらう事によって 自分だけの世界に限らない楽しさがあるんだよ/
同行学生記者:
田中陽介(20歳:取材時)
上のオンリー・ワン・ワードにもあるように大塚さんは
面打ち師としての職人としてすごいだけでなく、 いろいろな分野に対しての考えもすごく深い方だなあ と感じました。撮影中はあまりお話しを聞く事に集中出来なかったのですが、夕食の時にお話しを聞かせ ていただき、生き方という面からも、すごく共感できて 勉強になりました。「自分は仕事でわがまま事をやりとおしてきたし、自分の 意思でやっているんだ、だから絶対に妥協してはいけないし 文句も言えない」、言葉は違ったかもしれませんがそういったこと をおっしゃった大塚さんにとても感動しました。
『面白いと思うものに挑戦し、プロになるつもりでやっていく。』
同行学生記者:
境妙子(22歳:取材時)
まず、始めにキャリナビのコンセプトに通じることをおっしゃっているなーと思ったのが、「昔は身近に職人さんがいたから、自分が将来やることは自然と見えてきていた。けれど今は身近にサラリーマンしかいない。」ということでした。これは今、私自身が就職活動を控えているからかもしれませんが、やはり小さい時から色々な職業、生き方を知ることはとても大切で、それにも関わらずそういった場が社会にはないんだということを改めて感じました。それから、「あれもできる、これもできると思うとできなくなる。逆にあれもできない、これもできないと考えていくと、その残ったものに対してふんばれる」というお話もとても印象的でした。あれこれ考えて、欲張って手を出すのではなくて絞ったものを地道にやっていくことが本当は大切なんですよね。…と、取材に行く度に実感するのですが、それをすぐに忘れてしまい、あれもこれもとやって失敗する私…。いい加減学習せねば。最後に。大塚さんは「今は彫ってみたい」と思う人がいない。=自分に誇りを持っている人がいない。ともおっしゃっていました。昔は、ほんのわずかなことでも自分に誇りを持っている人がたくさんいたそうです。残念なことです…。私もたとえわずかでも自分に誇りを持てる人を目指したいなと思いました。
「私の打った面から新しい伝統が生まれたら良いと思う」
同行学生記者:
森尾紀明(23歳:取材時)
ものすごくこの人は頭が柔軟だなあと感じたところです。広い視野で自分が世界の、人生の中でどんな事をすれば良いのかという事を真摯に見つめていらっしゃると感じました。独学で伝統を復活させると言うのは並大抵のことではないでしょう。その伝統を見つめながらさらに先の事を考えていられると言うのはその独学、大塚さんならではかも知れません。
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同行学生記者:
川島奈々(21歳:取材時)
今回の取材は、私は完全なる撮影隊として徹しました。しかしこれまでと違った点は、事前準備が今までになく出来たことです。これはナビゲーターさんが綿山さんの以前からのお知り合いであったということが大きく関係していると思います。担当・同行する記者、綿山さんで行った事前のMTGは本当に有意義でした。その様子は議事録でも流れていたと思いますが、担当の久保田さんがナビゲーターである大塚さんにご挨拶を兼ねて電話をした際に、いくつかの質問にお答えしていただいて、そこからMTGでさらに質問や大塚さん像をクルーが個々に意見し合うことでイメージしていき、そして映像チームとしてもそこから撮れる映像を想像し、撮りたい映像を想像し、番組を構成していきました。 しかし実際、静岡について行動するというときに、私は一人でわたわたしてしまいました。というのも綿山さんの前で実際に取材するという緊張と、臨機応変、柔軟に動かない自分の頭にいらだったのと、、いろんな理由はありますが今はかなり自己嫌悪です。でもそこから導かれた今回の取材での私なりの考えは、これは担当や同行記者として取材に臨むときではなく、あくまで撮影を行う場合としての私の考えなんですが、事前準備を怠りなくした上で、あらゆる角度からイメージすること。そして現場に着いてからもそのイメージすることをやめないこと。ひじょうに考えること、感じることの多い取材でした。取材中は大塚さんと話すことができなかったので夕飯のちゃんこ鍋を囲みながら、ビールを片手にお話しました。本当に色んなことを話しました。隙があるんだけど隙がないとでも言うんでしょうか。私たちと対等にお話してくださったのがすごく嬉しかったです。
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同行学生記者:
金井寿恵(21歳:取材時)
今回は、「取材」というよりも、むしろ「ロケ」でした。 正直に言うと、実は、始まってみると撮影主体の取材となったことに、非常に戸惑いました。この「撮影主体」というのは、私がずっと望んでいたことでした。インタビュー主体の撮影には限界があるからです。しかも今回はそれが、綿山さんという強力なアドバイザーによって実現たのです。ところが、いざとなるとおっかなびっくりで状況を充分に判断でず、結果、動けませんでした。そして、綿山さんに「こういう映像がとりたい」といえない自分に非常に苛立ちました。反省は、シュミレーションが弱かった事です。どんな映像を撮りたいのか。どうやって撮りたいのか。いつ撮るのか。その撮りたい映像のことを、どうやってナビさんと記者さんに伝えて協力してもらうのか。取材時間が長い場合、ここら辺まで詰めておかないと、本番で動けない事が分かりました。綿山さんのやり方を、全て真似しようとは思いません。しかし、綿山さんのやり方を見せてもらったおかげで、自分に欠けている部分が分かったし、そしてこれからどんな撮影をしていきたいかが見えてきました。綿山さんとは違う、自分のやり方を確立していきたいと思います。沢山失敗したけど、その分収穫の多い取材でした。