▼担当学生記者
森尾紀明(23歳:取材時)
▼取材日
2002/1/30(水)
▼取材時間
13:00潤オ15:00
▼取材地
品川女子学院
▼取材の雰囲気
北品川駅のまん前にある品川女子学院にて取材しました。
応接室にて取材の後、普段なら入れない女子校の中を案内していただき、食堂で食事までご馳走になりました。
うちの生徒はみんな元気がいい
担当学生記者:
森尾紀明(23歳:取材時)
「うちの生徒はみんな元気がいい」。この言葉は好きです。言葉は悪いですけど「教師バカ」(バカ教師ではない。←これだとやばい)と言うかそういう漆先生の想いを感じる事ができます。
ああ、生徒が好きなんだな、と。生徒への愛を感じる言葉です。多分よその学校の先生も言っているであろうこの言葉。
漆先生…素敵な方でした。お話を聞く事ができて凄く影響を受けたと思います。取材としてはご両親、先祖代代?教育者と言う事で、教師になることを運命付けられていたという特殊な境遇の方でした。
おそらくプレッシャーはあったとおもいます。けれども品女の改革という形で結果を出している漆先生。そして経営者ではなく教師としても生徒を愛している先生。
小学校からずっと先生が大嫌いな僕ですが、僕は漆先生にこんな先生もいるんだよと教わった気がしました。
とにかく先生になりたかった
同行学生記者:
稲葉綾(21歳:取材時)
おしゃれでスマートな働く女性そのもでした。品川女子学院は漆先生一家が築いてきた学校で歴史のある学校です。先生は、4才の頃から先生になりたいと思い始めたそうです。家庭よりも学校のことを優先されるご両親の中で育ち、寂しい思いもされたと思いますが、それでも先生になりたいという決意を変えなかったのはご両親の働く姿に憧れを抱いていたからではないかと感じました。
親の職業になりたいと思える事は素敵なことだと思います。それだけ身近な所に憧れの人がいるというのは恵まれた環境だと思いました。先生はとても行動力のある方で人間ネットワークがとても広範囲に及んでいて驚きます。生徒からの憧れの的になっている理由がわかります。この生徒さんたちは幸せです。こんなに近くに憧れの女性がいるのだから。
受験のときでさえ、親は学校のことを一番に考えていた
同行学生記者:
久保田貴晴(18歳:取材時)
漆先生は「働く女性」という言葉がぴったりくるような非常に魅力のある方でした。取材の途中にも話題に上ったのですが、こんな先生が中学校、高校時代にいたら学校は楽しく思えたのではないかと思え、生徒のことを第一に考えているという印象を受けました。
代々品川女子を経営する家庭に生まれたということもあり、4歳の頃には既に教師になろうと考えていたというのには、驚きました。そして、ご自身が受験するときにでさえ、品川女子のことを第一に考えている両親に、もっと自分のことを見てほしいという気持ちを持つとともに、学校というものの大事さを感じていたそうです。
この、生まれた環境のために教師になるのは当たり前だったということで、普通の子どもとは環境が違い、どのように学校の経営者になるかということを聞くことは出来ませんでした。しかし、漆先生の教育に対する考え方、品川女子をどのようにしていきたいかということは、多く聞くことができ、私としては大変興味深い取材となりました。というよりも、この学校に教師として勤めてみたいと思えるぐらいでした。
学校教育をどのようにしていくか、何が必要なのか、非常に難しい時期に今来ていると思います。しかし、その中でも様々な改革、変化をしていこうとする品川女子が今後どのように変わっていくのか、漆先生が変えていくのかは、楽しみでもあり、また今後出来る限り調べ、知っていきたいと切に思いました。