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記者(以下、記): まず、シスターというと少し一般の人には馴染みがないと思いますが、具体的には何をされるのですか? 廣戸さん: 祈りが第一です。シスターというと特殊な存在ですが、シンプルにいうと人間以上のパワーを持って平和や不幸な人のために祈る仕事です。シスターの中にも2タイプあって、一日中外との接触をほとんど断ち、祈るというタイプもあれば、祈りを伝える媒体として多くの活動をするタイプもあります。例えば出版、メディア、教育を通して人々に祈りを教えるという活動になります。その人の性格や信念によって変わってきますね。私は後者の多くの活動を通して祈りを実践するタイプのシスターです。聖心女子大学の敷地内にある修道院で暮らしており、そこでは毎日お祈りをしていますが、そこからもう一歩実世界に踏み出した活動をしています。かつては、聖心女子大学では、英語を教えていまして、学院で校長も務めました。また、得意の英語の技術を生かし、通訳として世界を飛び回っていまして、本の翻訳もしています。私のような活動的なシスターは珍しいらしく驚かれる事もありますが、神様が新しいタイプのシスターとして私をお導きになったのではないかと思っています。
記: 何故シスターになろうと思われたのですか? 廣戸さん: シスターになろうと思ったのは、高校を卒業してすぐですから、20代前半でした。私は小学生の頃から聖心女子大学の姉妹校に通っていました。聖心女子大学は、聖心会という、今から約200年前にマグダレナ・ソフィア・バラという一人の若い修道女を中心として、フランスに誕生した教育修道会を設立母体としています。だから私は、自然とキリストの精神がいたるところで感じられる環境に育ったといえます。しかし、学内で親しんでいるからと言いましても、シスターという存在が私の目標であったわけではありません。それよりは、高校三年生のころから参加した、学内のボランティア団体での活動のほうが将来への大きなきっかけになったと思います。ここでは、近くの養護施設の子供を学校に招き皆で遊んだり、病院を訪問し重い病に苦しんでいる方たちのお話を伺ったり、貧しい暮らしを強いられている発展途上国について勉強会を開いたり、ホームレスの方に食べ物を配ったりといった様々な活動をしました。その活動を通して始めて、貧しい発展途上国の方たちの暮らしや、恵まれない状況にある人達を知り、彼らに何か私の力で還元できないか?と思い始めました。最初は社会福祉の方面で働きたいと思っていましたが、神様のお導きによりシスターになりました。 記: 「神様のお導き」ということは一般の人には分かりにくいと思うのですが、何故神様を強く信じられるのですか? 廣戸さん: 人によって違うでしょうが、私の場合は自分の無力さを知った時や、信じられない出来事に遭遇した時、人を超えた所にいる神の存在は確かにあると思います。クリスチャンでなくても、雄大な自然を目の当たりにして、人間以上の力を感じた事がある人もいるのではないでしょうか?多くの宗教戦争という悲しい争いがいつの時代も起こりますが、ああいうのは人間の領域の話で、神の領域の話ではないのです。心をもっと静かにすれば、色々な物が見えてくると思います。私は、祈るという行為はシスターの特権と責任だと思っています。私たちシスターはそのパワーを真剣に使い、与えられた務めを行っているのみです。クリスチャンやシスターになるという事は、ある程度神様から選ばれた存在なのかもしれません。 |