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1.“辻のセンス”を大事にしたい

 

スポーツドクターとして、様々な取り組みに挑戦なさっている辻さん。まず、現在の取り組みについてお聞きしました。

記者(以下、記): はじめに現在辻さんが取り組んでいらっしゃることについて教えてください。

辻さん: いま僕がやっていることは"新しい医療と新しいスポーツの確立"です。これまでの日本のスポーツは、体育至上主義、勝利至上主義、脳みそ筋肉に象徴される、ある枠にはまったスポーツと言えると思います。そこからは何も生まれません。

記: 体育会系という限られた人のイメージですね?

辻さん: そうです。僕がめざしたいことはこのスポーツをもっと価値のある文化とすること、すなわち"スポーツの社会的価値の創造"です。

記: "スポーツの社会的価値を創造する"ということは、私たちが暮らす社会で、スポーツがどのように役に立って、何を生み出していくかを考えていくということですか?

辻さん: はい。まず、社会とは何かというと、医療やビジネスや教育、芸術の世界があり、私たちが生活しているあらゆる場を、一般的な社会と呼ぶことができます。そういった社会に、果たしてスポーツがどのように役に立つのかを分析してみるんです。そこではじめて"社会的価値の創造"が生まれるのです。そのためにはいくつかの物指しとなるものがあります。社会にとって何が大切なのか、素晴らしいものなのかを考えるための基準とも言えるでしょうか。その一つが"辻のセンス"です。これは僕にしかわからない感性であって、僕はこれを大事にしたいと思っているんです。だけど何か感性だけではスポーツ宗教みたいでいやでしょう。だから、もうひとつはスポーツの社会的価値を学問的にも分析して、スポーツの中にある素晴らしいものをみんなが暮らす社会にどのように還元できるかを、スポーツ心理学やスポーツ医学といった学問的なベースを使って考えます。スポーツ心理学はスポーツの中にある考え方、人間の持つ考え方を分析します。例えば、イチロー選手の何が素晴らしいかというと、イチロー選手の走りは真似できないし、バッティングは真似できない。しかし、考え方は実は私たちが真似をすることが出来て、私たちなりにイチロー選手のように輝けるんです。そういうものを分析することがスポーツ心理学です。スポーツ医学はスポーツの中で出てくる、例えば体の部分であるとか、健康を保つ生活の部分であるとか、ライフスタイルというものを分析します。僕たち人間については変えられる部分があって、それは"ライフスタイル"と"考え方"です。ライフスタイルと考え方をスポーツ医学とスポーツ心理学で分析して、ビジネスの世界であるとか、教育の世界とか、いろいろな世界に還元していこうというのが僕の考え方です。

今のスポーツ医学の印象は内科の先生、整形外科の先生が対象をスポーツ選手にかえることと考えられ、彼らを「スポーツドクター」と呼んでいます。しかし、そこから生み出される医療の中身は基本的にはこれまでと変わりません。例えば、ラグビーの選手で全十字靭帯を切った選手の手術法と、普通の男の子がバイクで前十字靭帯を切った手術法はほとんど同じです。しかし、対象がスポーツ選手になったら、スポーツ医学と呼んでしまっています。この医療も大切なことではありますが、僕としてはスポーツそのものを色々な人たちに提供して、その人たちに合うようにコーディネートして、スポーツで人々のQOL(quality of life)、つまり生活の質が向上して、つまりセルフイメージが大きくなって、そして心のエネルギーも大きくなれば、それこそ素晴らしいなあと思うんです。それを"スポーツ医学"と僕は呼びたいんです。

記: セルフイメージというのは、自分が自分に対して描く像ですか?

辻さん: セルフイメージというのは、自分らしさを決める心の状態と考えています。私たちはある目標を設定することで自分のベクトルを大きくして、プラスのイメージを持つことができます。嬉しかったり楽しかったりすると、私たちは元気になることができます。そのような時にセルフイメージが大きくなっていると表現します。だからまずは"スポーツの社会的価値"を創造して、沢山の人にスポーツの価値をわかってもらわないと、なかなかそれが人のQOLを向上する医療にならないのです。スポーツ医学やスポーツ心理学と言っても、なかなか大人にも理解してもらえません。よく「先生はご自身も体育会系で、しかも体育会系のスポーツ選手を見ているし、スポーツ医学はそのようなスポーツ選手を診ることでしょう」と言われて、それで終わってしまう。スポーツが好きでただスポーツの選手を診ているだけではありません。若い女性、お婆さん、お爺さん、子ども、障害者、中にはトップの選手ももちろんいますが、他の世界の中に、スポーツの中から生み出た素晴らしいものを還元して、スポーツそのものから生み出された社会的価値をみんなが享受して元気になる、それを"医療"と呼びたいんです。

記: なぜそのように考えるようになったのですか?

辻さん: ヒントになったのが、僕はまだ会ったことはありませんが、人生の師と仰いでいる医師のパッチアダムス(Patch Adams)です。彼の半生を描いた『パッチアダムス』の映画の中で、彼は笑いというものを通して様々な人のQOL を向上すること、それを"医療"だと言っているわけです。病気で苦しんでいる人も笑った方がいいし、元気な人も笑った方がいい。彼は笑いというものの価値をものすごく創造している。笑いの価値を創造することで、笑いが医療にもなって、他の様々なことに役立つというのが、パッチアダムスの医療でしょう。僕はあの映画を観た時に、僕は"笑いの価値の創造"はできないけれども、"スポーツの社会的価値"だったらみんなに還元できるのではないかと思ったんです。何かみんなが気づいてないものに気づける感性が何かあると感じたわけです。だから、実際に僕は『スラムダンク勝利学』という本を書いてみました。みんなが普通に読んでいる、あの漫画の"スポーツの社会的価値"を創造してみたんです。その結果、12万部が売れて12万の人たちが読んで、今でもみんなからファンレターが来て、先生が考えているそのスポーツの価値というものに感動しました、勉強になりました、と反響が大きかった。それでこれはいけると思ったんです。

 
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