▼担当学生記者
吉岡さくら(20歳:取材時)
▼取材日
2003/8/6(水)
▼取材時間
14:00~17:00
▼取材地
井庭さんの研究室@千葉商科大学
▼取材の雰囲気
取材は千葉県市川市にある千葉商科大学の井庭さんの研究室で行われました。
井庭さんは難しい話を日常のいろいろな例を挙げて説明してくださるのでとても分かりやすいと同時に面白かったです。そして井庭さんご自身がとても明るい方なので、取材もアットホームな雰囲気で進み、時折笑いが出るほどでした。
取材中には、井庭さんが学生時代に作ってきた映像をパソコンで見させていただきながら映像の持つ力をお話いしていただいたりもしました。
井庭さんは伝えたいものを一番いい方法で表現するとおっしゃっていました。私は、「はっ」とさせられました。 表現したいものはそれに合う最適な表現方法で表現すればいし、伝わりにくいなら伝わりやすい手段・方法を考えればいいということに気づかされたからです。簡単なことですが、わかっていたようでわかっていませんでした。
私はこれまでの人生で自分の想いを極力アウトプットしてきませんでした。自分が想うことに自信がなかったし、うまく伝えられないという想いや、恥ずかしさがあったからです。けれど、アウトプットしなければ自分が何を考えていてどうしたいのかもあやふやになってしまうし、想いがあっても他者は何も理解できず、協力もしてあげられないということに気づき、今までのそんな自分にとてももったいないと感じました。表現が苦手なら伝わりやすい方法を考えればいい。表現方法は考えればいくらでも出てくるのではないかと思いました。井庭さんに出会えて本当によかったです!
私は、自分は何が好きなのか、どんなことに興味があるのか、自分てどういう人なんだろうって答えを探そうとしていました。何か、自分はこれっていう特定のものを早く見つけ出したいと思っていました。しかし、井庭さんの“自分探しじゃなく自分つくり”“beingじゃなくbecoming”という言葉を聞いて、すごく安心したような気持ちになりました。
普通に生活をしていても、たくさん情報はあるし、出会う人もどんどん増えるし、それに合わせて自分の興味や方向が変わることは自然なのではと思い始めていました。でも、コロコロ変わってしまうのは自分がしっかりしていないような気がして、周りにも信用されないのではと思いそういう考えに自身が持てないでいました。そして、今は“変わる”というより”磨く”とか”進む”というこのなのではと思います。きっと、自分の軸を持っていれば自分らしさはずっとあり続けると思います。なので、今はまず自分らしさ*自分軸を見つけようと思います。
僕は、「お前って、言っていることコロコロ変わるねぇ」と言われるのが、すごく嫌でした。なんか、自分という人間が「自分」っていうものが無い人間であるように思われているような気がして。。。だから、常に自分の言っていることに一貫性を持とう、と肩に力を入れて、日々の生活を過ごしてきました。でも、人間というのは、たくさんの人に会ったり、たくさんの意見を聞いたりすれば、当然影響されて、考え方も変わってくるものじゃないかということを井庭さんに言われ、「はっ」と気付かされました。おそらく、今の自分というのは、「自分軸」というものが見つかっていないのだと思います。だから、今まで必死に「自分探し」をしてきました。
でも、これからは一日一日を過ごしていく中で、人の出会いや意見を大切に自分の中に取り入れていき、消化していくことがまずは重要なことなのではないかと思いました。そして、その「自分作り」を日々行っていくことで、その先に「自分とは何か」といったアイデンティティみたいなものが見えてくるのではないかと思います。今は、自分作りの最中なのだから、むやみに焦ることなく日々の生活をじっくりと大切に過ごしていきたいです。
オンリーワンワードとして「等身大の自分にできることを考えよう」という言葉を挙げましたが、そのときそのときの自分が社会に対して何ができるか・問題点はどこかを具体的に考え、かつ他の人にも伝えるところまでしなければ次のステップにつながっていかないのだなということを学びました。自分がこれから取り組もうとする修士論文だけでなく、働くようになった後も自分のやっていることのアウトプットを出すようにしたいと思いました。
伝えるためのメディアは特定しない。メッセージに合ったメディアを選ぶ。と井庭さんはおっしゃっていました。 つまり、その時伝えたいと思ったメッセージが人の心に届くためには、どのメディアを使うのが1番よいのか、ということを毎回考えているのです。私はこの言葉を聞いた時、目を見開かれるような思いがしました。何の障害もなく、私の心の中に入り込んできたという感覚がありました。
私は新聞記者になりたいと言っています。「言葉」を伝えるためのメディアにしたいと考えているわけです。しかし、伝えるために言葉でなければならない理由、一語やフレーズではなく文章でなければならない理由がわかりませんでした。「伝えたい」という気持ちがあることはわかってきたのですが、「何を伝えたいのか」があまり見えてこないのです。だからこれからは、「何を伝えたいのか」そして、それがどうして言葉でなくてはならないのかを自分に積極的に問いかけていきたいです。