▼担当学生記者
佐々木源(21歳:取材時)
▼取材日
2004/3/13(土)
▼取材時間
15:00~17:00
▼取材地
吉祥寺の喫茶店
▼取材の雰囲気
日野さんをご紹介して下さった方が成蹊大学出身とのことで、取材場所をご紹介いただき、昔からよく足を運んでいる成蹊大学前の静かな喫茶店で。
日野さんは、私たちと会った時、そこにいるメンバー全員と目を合わせ握手をしてくださったんです。はじめからそれで感動してしまい、勝手に妙に親近感を覚えていました。取材中は、日野さんの力強い言葉と表情に、終始引き込まれていました。
一人でいると一匹狼っていうのはクリエイトできる
担当学生記者:
佐々木源(21歳:取材時)
日野さんはトランペットを通して、修行僧のように自分を鍛えることによって、世の摂理というものを少しずつ理解できるようになったそうです。
本来的に、一人で孤独にいることが自然であり、一人でいることによって、何が起こっても動じずに自分で決め、どんどんまっすぐ死ぬまでやれる強さを持てるとおっしゃっていまいた。
僕自身も、「一匹狼」というような格好いいものでないですが、潜在的に自分一人、「弧」でいることに価値を認めています。それはどこかで自分の中にある、人やモノに対して「依存」することへの反発であったり、全ての束縛からの自由を求めている面があると考えています。
ただ、日野さんは人間は決して一人で生きていないし、そう思うのは傲慢だともおっしゃっており、何事に関しても感謝の念を忘れないように心がけているそうです。だから、あらゆることへの感謝の気持ちのお返しとしてチャリーティーも数多くやられておりますし、だからこそ日野さんの周りには素敵なお友達が沢山いらっしゃいます。
僕はまだまだ日野さんの境地には達せず、いつも自分のことばかりに陥りがちです。自分を追求することとともに、あらゆるものに対して謙虚な姿勢をとれるようにしたいと思わされました。
頑張ります。
フリーダム・ファイター
同行学生記者:
飯田薫(20歳:取材時)
自由。自分の思うがままに音を奏でることが出来る自由。
人種の自由。
この同志を何人見つけられるか。
今も、その作業をしているんだ。
今日出会えた君たちも、その一人だよ。
何故この言葉を選んだのかというと、同志、という意味において、自分自身その作業をしているなと思い、共感したからです。
日野さんの場合、その共通項は“フリーダム”でした。
私の場合の共通項がなんだかは、今はまだわかりません。
ですが、自分が大切だと思う、重要だと思うもの、人たちを見つけていく作業を、これからもずっとしていくのだと思いました。
そのほかに印象的だった言葉は、“この世は地獄なんだよ。私たちはそこに派遣されてきた。
では地獄で何をやるのか?我々は少なくとも蓮の花でいなさい。
蓮は、汚い水の中でも咲くことのできる花、不浄の花だよ”“純粋さが一番強い。皮相で嘘をついても。コアが純粋でなくては。
コアがピュアでなくては。中が汚かったら誰も見てくれない”
“痛みを知っている人ほど人に愛を与えられる。
痛みは後でゴールドになる。後で人を救える。
今、痛みがあることを神に感謝しなさい。それは素晴らしいことなのだから”です。
上記の感想は、取材からしばらくたってから書いたものです。
取材当日も、取材から帰って感想を書こうとしました。
ですが、そのときは言葉を紡ぐことが出来ませんでした。
取材から帰って、出てくる言葉がありませんでした。
内から溢れるものがなかった。あれだけいい取材で、何も感じられない自分を不思議に思いました。
何が原因だろうとか、感性が錆び付いてしまったのかとかいろいろなことを思いました。絵のことを考えもしました。
以下は取材の感想からは離れてしまいますが。
うまく言葉には出来ませんが、私にとってあの、果てしない感覚を、感動を覚えるのは、美しい言葉と音と、いろんなものがあるけど、そして絵で。
そこにブレーキをかけるのは、生きてく上でのバランスと、自分が自分の描きたい世界を持っているのか、です。
絵を描いていると、今のバランスが崩れて人と関われなくなってしまいそうで、生きていけなくなってしまいそうで。
それは、なんだかとても怖いことで。
そして、私の描きたいものなんてあるのか。存在するのか。
私の描きたいものは、どこにあるのか、どこからやってくるのか、不確か過ぎて。白い紙を前にして、つかめず。
そう簡単に思うように描くことなどできはしなくて、自分の望む画を手に入れることは恐ろしく大変で。でも、音を聞いて、ビジョンが浮かんで、涙が出る。
絵について余計なことを考えてしまうくらい、私は絵から遠ざかってしまいましたが。
離れれば離れるだけ描けなくなると、ある画家の方に言われました。あなたは絵を描きなさいとも、言われました。
人がすべてを手に入れることは出来ないのは当然で、バランスを崩したくないなんて我儘で。もし私がこの思いをどうにかしたいのなら、私がやることは簡単で、ただ、絵を描くことです。描いていないときに何かを考えても仕方のないことで。それではいつまでたっても不確かです。
答えは出ていて、描くしかないのだと思います。
すべてのものに感謝
同行学生記者:
穂積直樹(22歳:取材時)
いくつも強烈なお話しがあった中でも、この言葉が最も心に残りました。
具体的には「一緒に食事をしてくれる友人、家族、ひいては草木にも感謝する。」
という事をおっしゃっていました。
普段何気なく、当たり前に思っている事をよく見つめてみると必ずその背後には
誰か感謝すべき人がいるんですよね。
当然ですけど、学生の自分がご飯を食べているのは誰のおかげかと言えば親です
し、悩んだ時に考えをすっきりさせてくれるのは友達です。
そういうものに対して、感謝の気持ちを忘れなければ自然と相手に対して配慮が
できるし、自分がいま与えられている時間は一生懸命生きようと思いますよね。
まさに日野さん自身がそんな生き方されている人だったのです。
また、感謝の気持ちを持って生きていけば、自分の味方が多くできるのではない
かと思います。味方というのは自分の生き方を指示してくれて、応援してくれる
人です。そういう味方がたくさんいればいるほど、自分はさらにがんばれますよ
ね。純粋に自分のがんばっている事に対して、それに期待して応援してくれるん
ですから。
運動会も両親が見にきているから普段の何倍も燃えましたし(笑)。
日野さんのまわりにはそういう味方がたくさんいるからこそ、彼が本当に幸せそ
うに生きているのだと思います。
僕もこれから自分の味方をたくさん増やせるような生き方がしたいと思いました。
そのためにも忘れてはいけないのが感謝の気持ちだと今回の取材で再認識しました。
痛みなさい
同行学生記者:
綿岡加奈子(23歳:取材時)
人は痛んだことによって、痛みを知っていることによって、人に愛を与えることが
できる。成功する人はその愛をあげることができる人。
話をずっと聞いていて日野さんはもう到達していて悟りの境地に入っている人だと
何度も思いました。今は成功、幸せを手に入れられているが(成功の定義は昨日のRM
でいろいろ話し合いましたが…)、今自分がこうして幸せに生きていることに感謝し
て、それをトランペットというツールを使って返そうとしているのだそうです。また
目の前にいる人全てに(私達や観客の人など)一人の人間として対等に向かい合おうと
しており、かつ<プロ>の人への尊敬の念を兼ね備えていらっしゃっいました。それは
私達キャリナビの一人一人に対してもそうであったように思います。
いつかは誰かに何かを与えたいと思うが、今の私はまだまだ痛みを経験していくべ
き段階にいると思いました。日野さんとは全く違う段階。わざわざ痛みを与えられる
方向へ向かう必要もないが今自分の目の前にあること、目の前にいる人にしっかり向
き合うことが大事で、そこから得るものを自分のものにしていけばいいんだと思いま
した。とにかく地に足をつけて、過去も未来も大事だけれど、今目の前にあることに
素直な気持ちで向かい合う姿勢をずっと忘れないでいこうと思いました。そうするこ
とによって、~自分~ができあがっていくんだろう。見下しもせず、見上げもせず、一
人の人として向き合う姿勢を保ちたいです。
また日野さんは"私はずっと一匹狼"とおっしゃっいました。しかし生きていくには
(吹いていく)には何かが必要だともおっしゃっいました。それは友達や親の感謝であ
り、そして目に見えないもの、レイや天の声、全てのものに宿る魂だったりするとい
います。ただ超現実的に生きるのではなくそのような感覚も大切にしなくてはいけな
いと私も思います。狼だって一匹では生きていってない。周りの動物や自然によって
生かされていることを忘れたらいけないんだと。
握手した時のその力強さと暖かさ、きちんと相手の目を見て話ていることに感動し
ました。目の前にいる人にきちんと向かい合う姿勢、すべてのものに感謝している姿
勢をもっと取り入れていきたいと思いました。