▼担当学生記者
渡辺早紀(20歳:取材時)
▼取材日
2007/11/11(日)
▼取材時間
12:20〜13:50
▼取材地
東京駅構内の甘味処のお店
▼取材の雰囲気
取材の前半は私たちは初めての取材ということもあり緊張してしまい、一つの質問に対して飯田さんが話してくださるという感じでした。しかし、後半になり私たちも自分たちのことを話しながら質問できるようになると、緊張感がほぐれ、まるでカウンセリングのように私達の悩みの相談にのってくださいました。どんどんと和やかに取材が進んでいき、飯田さんらしさが垣間見える貴重なお話を聞くことが出来ました。
失敗しないように生きない。
担当学生記者:
渡辺早紀(20歳:取材時)
一番強く印象に残ったことは、「たくさん失敗をして、悔しい思いをたくさんして、壁にバコーンっと突き当たるようなことを何度もすれば些細なことでめげなくなり、小さなことを気にしなくなる」とおっしゃっていたことです。私はどちらかというと、失敗はできれば避けて通っていきたいと考えがちなところがありました。でも最近「失敗を恐れて動けないでいるともったいないかも。」と思うようになってきたところだったので、飯田さんのお話を聞いて、「やっぱり失敗は恐れること無いんだ」と感じて勇気がわいてきました。飯田さんは新しいことをする時に、そこに飛び込むことへの不安よりも、常に楽しみや期待の方が大きい人なんだなと思います。「自分がかなわないと思う人のところへ飛び込んでいく。」ともおっしゃっていました。そうすると自分はまだまだだと感じ、さらに頑張れる、みたいなことをおっしゃっていました。また、改めて考るきっかけになったのが、家族との関係についてです。飯田さんはインタビューで家族のことについてたくさん話してくれました。飯田さんは両親や兄弟の影響をすごく受けて育っている、とおっしゃっていました。家族との関係に壁を感じ、家から出たいという思いから、東京にでてきたそうです。私は自分の父の仕事について、会社に行って具体的に何をしているのかよく分かりませんでした。家族の壁みたいなものもあまり感じたことが無かったため家族について真剣に考えたこともほとんどありませんでした。なのでこの機会にお父さんに詳しく聞いてみようと思いました。失敗をたくさんして、悔しい思いもたくさんして家族との壁ともぶつかって色んなことを経験しているからこそ、そこから得たことが「飯田さんの軸」を作っているのかな?と思いました。初めての取材が飯田暢子さんで本当によかったです。どうもありがとうございました。
もがきながら生きていく
同行学生記者:
佐藤亮(19歳:取材時)
初めての本格的な取材を経験して、自分の思いを素直に他人にぶつけていること自体、私にとっては新鮮な体験だったように思います。というのも、飯田さんは素直に自信もって自分たちに、「飯田さん」をぶつけてくれたので、僕はどうしても飯田さんではない自分を意識せざるを得ない、そんな言葉の使い方を感じられたからだと思います。自分の軸と他者の軸がぶつかり合ってまた新たなものがでてくるといっても大袈裟じゃない感覚でした。僕にとって言葉を発する行為は、その場にあわせてとりつくろうような…自分の思いとは別の部分から言葉が出てくるような…そんなグロテスクな感覚だったんじゃないかって気づけました。
「もがきながら生きていく」
飯田さんは、さまざまな葛藤の中で生きてきたといいます。特に話してくださったことでは、親の存在に壁を強く感じ、「もがいていた」とおっしゃっていました。もがく、というのはネガティブで苦しいしできればしたくないこと。でもどうしてもみなそうして生きているものだと思います。でも飯田さんはそれは必要なこと、それがなければいい人生なんて感じられない、と肯定的に述べていて、なにか凝り固まっているものがほぐれた感じでした。
いっぱい自分がかなわない人にあって、悔しいめに合おう。
同行学生記者:
松島良太(22歳:取材時)
only one wordからもわかるように、飯田さんほんとにパワフルな人でした。私もこの精神を大切にしているので、とても共感できる部分がありました。でも、自分の場合悔しいって感じることが弱いので、なかなか進歩しないところがあるのが、欠点だなって思いました。家族の話も印象的でした。飯田さんは、親の壁にぶつかって、東京の大学に逃げてきたそうです。でも、今振り返ってみると「親にはとても感謝している。親は自分の壁であったり、障害であったりしたほうがいい。親と対峙してそこから、自分が作られて、見えてくる」と話していました。家族の存在に関して深く考えたことがあった自分にとって、何かとてもぐっと来るものがありました。もっと親の仕事、価値観に関して知ってみたいと思うようになりました。